なんでも日記

元図書館の司書。現在はメーカー勤務の会社員。植物と星と人をつなぐアロマ占星術を勉強しています。お花と占星術とヨガと本が好きです。好きなもの、日々の雑感、あれこれ書いてるなんでも日記です。        

星を読むときに気を付けていること。

勝手に自己満リーディングしないこと。

こんばんは。

友達や知り合いのホロスコープを読ませてもらう機会がよくあります。話の流れでかる~く読むこともあれば、仲のよい人から依頼として頼まれることもあります。

ホロスコープを読むときや人との付き合いで最近気を付けようと決めたことがあります。

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それは、ホロスコープから得られる情報を勝手に相手に押し付けないこと。

 

目の前の相手の話をしっかり聞いて、よく観察して、相手の心を想像するという過程をすっ飛ばして、ホロスコープの情報だけで他者を決めつける。

これって恐いことだなあ。気をつけなきゃって。最近つくづく思いました。

目の前の相手を理解するために話を聞くという姿勢がやはりすべての基本な気がします。でないと、リーディング自体、的はずれになっちゃうのかなとも思います。  

 

例えば、今起きていることとホロスコープだけを見つめて、知った風に「あー、それは魚座だから誰にでも優しいし、流されやすいし、優柔不断でふわふわなんだよ!」とか決めつけた言い方をしてしまう。とか。 

あとは、相手が望んでもいない聞きたくもないような情報を、星から読みとけるってだけで伝えちゃったり。とか。

こういう押し付け、言い切り方って、言うほうの自己満足でしかなくて。

言われる立場になって考えてみると、なんだかなぁ。すごく悲しい。違和感しか感じない。

と思います。

 

誰かを勝手にカテゴライズして型にはめてしまうことはとっても危険。

ひとってそんなに単純じゃない。いろんな要素が複雑に重なりあって混沌としてる。

自分の想像力を最大に駆使しても、なんとか近づけるそのひとの部分なんてわずかだと思ってます。

それを、星で「すべて理由がわかる」みたいに勘違いするのはあまりに傲慢かなぁと。

 

ホロスコープのサインやハウス、天体はあくまでも象徴であって具体的な事柄に置き換えるのが難しいものです。

全体の関連性を見回した上で、「魚座」をどこで発揮してるのか?

どういう行動として現れるのか?

って想像力をフルに働かせて考察し、さらには相手への確認作業が必要です。

 

「やさしい」って一言で済ませちゃうことも、そもそも「やさしさ」ってなんだろう?とか。そんな無限ループでもあります笑

それぞれのサインによって「やさしさ」の概念も違うと思います。

突き詰めれば突き詰めるほど深みにはまってしまう感じ。

心のことって、複雑。曖昧であやふやで、言い切れることなんてないと思っています。

言語化しにくい、言葉にすればするほどかけ離れたり遠くなったり。難しいもの。

仮にも誰かのホロスコープを読むなら、そこに向き合う気持ちがないといけないんじゃないかなぁと思いました。

だからわたしにとっては星を読むって本当に本当に果てしなく難しいです。

 

望んでいないのに、勝手にホロスコープを分析されて、「あなたはこうだね!」みたいな決めつけた言い方をされた出来事がありまして、あ~わたしも気をつけなきゃなーっと思い、自戒を込めて書いてみました。

 

ホロスコープは、他者を判断したり決めつけるために使うものではなく、ひとりのひとを考えるときの一つの切り口なのかなぁとわたしは思っています。

 

明日は立春。暦のうえではもう春か。

日々勉強、精進あるのみですねー。